江戸時代には、「西国将軍」「姫路宰相」と呼ばれた池田輝政によって姫路藩が成立し、姫路はその城下町として整備された。現在の市街地にも城下町の町割りが残る。
明治維新における廃藩置県の時期には、飾磨県の県庁所在地となった。しかし、1876年8月に飾磨県が兵庫県に編入されて以降は、兵庫県に属している。
近代以前の歴史は、播磨国、姫路藩、姫路城#歴史の各項目も参照のこと。
- 1888年(明治21年)12月23日 山陽鉄道(現・西日本旅客鉄道山陽本線)姫路駅が開業。
- 1889年(明治22年)4月1日 市制施行により姫路市となる。
- 1901年(明治34年)12月17日市章を制定する[3]。
- 1923年(大正12年)8月19日 神戸姫路電気鉄道(現・山陽電気鉄道本線)明石・姫路間が開業。
- 関東大震災で東京が甚大な被害を受け、首都移転が検討された際には、その候補地に挙がった。
- 1936年(昭和11年)姫津線(現・姫新線の姫路・津山間)の全通を記念して「国防と資源大博覧会」が姫路城前で開催される。
- 1945年(昭和20年)6月22日・7月3日 姫路空襲により市街地を焼失するも、姫路城の焼失は免れる。
- 1946年(昭和21年) 飾磨市など周囲7市町村を合併。以後6度にわたって市域拡大。
- 1964年(昭和39年)姫路城の「昭和の大修理」竣工。
- 1966年(昭和41年)「姫路大博覧会」が手柄山で開催される。
- 1969年(昭和44年)5月3日市制80周年記念式典を記念して市旗を制定する[4]。
- 1972年(昭和47年)3月15日 山陽新幹線姫路駅開業。
- 1980年(昭和55年)5月現市役所完成・移転。
- 1989年(平成元年)市制100周年記念行事「姫路百祭シロトピア」開催。
- 1996年(平成8年)4月1日 中核市に指定。
- 2008年(平成20年)「姫路菓子博2008」が姫路城横で開催される。
- 2009年(平成21年)8月 - 市のイメージキャラクターを公募した結果、「しろまるひめ」に決定。
- 2011年 B-1グランプリ(本大会と「近畿・中国・四国地方大会」)が姫路城周辺で開催。
行政上の沿革 [編集]
- 1889年(明治22年)4月1日 市制施行。(姫路市の誕生)
- 1925年(大正14年) 城北村を編入合併。
- 1933年(昭和8年) 水上村、砥堀村を編入合併。
- 1935年(昭和10年) 城南村、高岡村を編入合併。
- 1936年(昭和11年) 安室村、荒川村、手柄村を編入合併。
- 1946年(昭和21年) 飾磨市、白浜町、広畑町、網干町、大津村、勝原村、余部村(揖保郡)と合併(新姫路市の誕生)
- 1954年(昭和29年) 八木村、糸引村、曽左村、余部村(飾磨郡)、太市村を編入合併。
- 1957年(昭和32年) 四郷村、花田村、御国野村、別所村を編入合併。
- 1958年(昭和33年) 飾東村、神南村、的形村を編入合併。
- 1959年(昭和34年) 大塩町を編入合併。
- 1967年(昭和42年) 林田町を編入合併。
- 2006年(平成18年)3月27日 家島町、夢前町、香寺町、安富町を編入合併。
都市名の由来 [編集]
姫路城の位置する姫山の古名「日女路(ひめじ)の丘」に由来するといわれる。この地名は古くはカイコの事をヒメコ(蚕子)と呼んでいたことから、かつてこの地が養蚕業の盛んな地域であった事に因んで付けられたと思われる。『播磨国風土記』にも、「日女道丘(ひめじおか)」の地名が登場する[5]。(wikipediaより)
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